私たち人間は社会的な生き物で、家族や地域、学校、会社など、さまざまな集団の中で生きています。集団に属することは多くのメリットがある一方で、コミュニケーションがうまく取れないと、かえって孤独感を強めることも。どうすれば、円滑なコミュニケーションのもとで相手との信頼関係を結ぶことができるのか。
今回は日本アサーション協会で代表を務める隅谷理子さんに、相手を尊重しつつ自分の意見を主張するコミュニケーション方法の一つ、「アサーション」を通じた他者との関係性の深め方について伺いました。
プロフィール:隅谷 理子(すみたに みちこ)
上智大学大学院 総合人間科学研究科博士後期課程満期修了。博士(心理学)。公認心理師、臨床心理士。現在、大正大学心理社会学部臨床心理学科准教授、その他、駒澤大学大学院、明治学院大学にて非常勤講師を務める。日本アサーション協会代表。 慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究所研究員。
EAP事業会社での企業のメンタルヘルスケア支援業務に従事し、2012年キューブ・インテグレーション株式会社を創業。企業における職場復帰を中心とするコミュニティ支援を行う傍ら、統合的心理療法研究所(IPI)にて家族療法家としての活動、大学にて教育活動を行う。専門はコミュニティアプローチとシステムズアプローチの統合、ライフキャリア支援。アサーション。
アサーションは心地良い“セッション”に有効的なコミュニケーション方法
――まずは隅谷さんのキャリアについてお聞かせください。
隅谷:臨床心理士のキャリアとしては少し変わっていて、私はもともと音大出身でピアノを専攻していたんです。ただ大学時代から音楽療法には興味があり、何年か社会人を経験したのち、臨床心理士資格を得られる大学院に進学しました。そこで興味を惹かれたのが、山本和郎先生が教鞭を取られていたコミュニティ心理学だったんです。
――心理学分野との最初の接点は音楽療法だったんですね。そこからコミュニティ心理学に興味を惹かれた理由とは何だったのでしょうか。
隅谷:新卒で入社した会社を辞めたタイミングで、友人から会社の立ち上げをアルバイトでもいいから手伝ってくれないかと声をかけられたんです。それをきっかけにスタートアップ企業に立ち上げから参画し、組織を作る大変さを味わったのが私にとって大きなターニングポイントとなりました。でも、よく考えたら音楽を学んでいた時も、一人より複数人で演奏する方が好きだったので、元からチームあるいは組織を作るということに興味があったのかもしれません。それで私は支援の対象を産業労働分野に選んだのですが、より臨床の技術を学ぶために家族療法の訓練を受けた時に日本アサーション協会の前代表である平木典子先生に出会いました。
――家族療法とはどういうものなのでしょうか。
隅谷:家族療法とは、家族を1つのシステムと捉え、そのシステム内で起きている問題に対してアプローチしていく心理療法です。例えば、子供の不登校や夫婦関係の不和に悩まれている家庭があったとして、家族療法ではこれを子供個人の問題、夫婦あるいはどちらか一方の問題ではなく、家族というシステムが上手く機能していないからこそ起こった現象して、悩みや症状を抱える本人とその家族を対象にカウンセリングを行なっていきます。つまり、家族のひとりひとり個の尊厳が大切にされ、家族それぞれとの関係性からうまれる循環が家族内で機能するように支援をしていきます。私はこの家族療法を組織作りにどう活かせるかということを探求してきました。
――家族にしても会社にしても集団が上手く機能するためには、音楽でいう人と人の“セッション”が大事なのかなと思いました。
隅谷:そう、大事なのはセッションなんです。良いものというのは人と人の相互作用の中で生まれるものだと思いますし、それぞれが異なる価値観を持ちながらもセッションがうまく行く方法を探っていけたらいいですよね。その一つの方法として、アサーションを身につけることが非常に有効になってくると考えています。
3つの表現パターンを知って自他尊重への理解を深める
――アサーションは、家族や友人間、会社の上司・部下など、あらゆる人間関係に応用できるものなんですね。
隅谷:アサーションはコミュニケーションの考え方や方法の一つなので、もちろんどんな人間関係にも有効的に働きます。先ほども言ったように私は組織作りに興味があり、はじめは企業内でのアサーション教育を行なっていたんですが、近年は主な活動のフィールドを教育の場に置いています。というのも、長年働く人の支援を行う中で、学生時代の失敗や後悔がある種のトラウマとなってコミュニケーションに心理的ハードルを抱えている人がとても多いことに気づいたんです。なので、まだ小さいときにミュニケーションを学べる機会があればいいのになと思っていたんですが、そんな時に平木先生の講演で偶然にも恩師と再会し、思いを伝えたところ、「ぜひうちの学校でアサーション教育を広めてくれないか」と言っていただきました。私の母校は中高一貫校なんですが、中学1・2年生を対象に2年間のプログラムを組んでアサーション教育を行なっています。
――アサーション・トレーニングの内容としては、例えばどんなものがあるのでしょうか。
隅谷:1年目はまず、有名な3つの表現パターンについて学びます。
――3つの表現パターンとは、「アグレッシブ(攻撃型)」「ノン・アサーション(非主張型)」「アサーティブ(バランス型)」のことですね。
隅谷:はい、そうです。よく『ドラえもん』のキャラクターに例えられたりしますが、アグレッシブは相手への配慮がなく、伝え方が激しい表現。ノン・アサーションは逆に、相手に遠慮してしまい、自己主張ができない表現を表します。アサーティブは相手に配慮しつつ、自分の気持ちや考えを伝えるバランス型で、私たちは誰もがこの3つの表現をもっていると言われています。場面によってどのような表現をしやすいのか傾向がありますが、ジャイアンだってしずかちゃんの前ではモジモジしてしまうことだってあるし、のび太くんでも、ドラえもんに一方的にものを伝えていることもある。ますば普段自分がどの場面でどの表現をつかっているのか、また、相手に対してそれがどう伝わっているのかを、ロールプレイやグループワークを通じて理解を深めていきます。
――3つの表現パターンについて理解を深めていくことにどのようなメリットがあるのでしょうか。
隅谷:表現方法もその捉え方も、相手や場合によって異なるという理解に繋がります。具体的にいうと、アグレッシブな表現の例としてテレビで芸人さんが強めのツッコミを入れる場面がありますが、それで相手が傷つくこともあるけれど、むしろ親密的なやりとりとして成立する場合もありますよね。逆に自分はアグレッシブな表現だとは思っていなくても、相手を傷つける場合もある。そのようにどんな表現であっても、人によって受け取り方は全然違うんです。だからこそ、コミュニケーションに正解はないし、失敗するのは当たり前。その上で相手の立場や状況を想像しながら、やりとりを続けていくことが大事だということをまずは理解する必要があります。
――たしかにそれを分かっているだけで、少し気持ちが楽になるような気がします。他にはどのようなワークがありますか。
隅谷:1年目のプログラムの最後には、「アサーティブに相手をほめる」ということをやってもらいます。アサーティブに褒めるとは、「成績が良い」「運動ができる」といった評価を伴うものではなく、例えば「いつも率先して人助けができるところが素敵だよね」「私はあなたの前向きなところが気に入っている」というような自分なりの言葉で相手を肯定的に表現することです。それって、普段から相手を見ていなければできないことですよね。やっぱり色んな子供たちを見てきて思うんですが、いつも成績や順位を競うような世界に身を置いてしまうと勝ち負けで物事を判断する癖がついてしまうんです。それで心がしんどくなって潰れちゃう子もたくさん見てきました。だけど、人生に勝ち負けなんかないし、その子にしかない魅力や強みは必ずあるんです。それをちゃんと見てくれている人がいるという実感は人間関係において最も重要なことだと考えています。
相互理解を深めるコミュニケーションで玉虫色の自分に
――学校だけではなく、職場の人間関係においても相互理解を深めることはとても重要ですよね。
隅谷:そうですね。ただ今はハラスメントやコンプライアンスの問題への意識が強まっていることもあり、「なるべく相手に関わらない方がいいんじゃないか」とコミュニケーションを避ける人も増えていますし、そう思ったり伝えたりしても仕方がないような世の中になりつつあるような気がしています。もちろん、様々なリスクへの意識を持つことは大事ですが、だからといってコミュニケーションを取らなくなってしまったら、本当に仕事だけの関係になってしまいますよね。そうなった場合、相手を評価する軸が成績だけになってしまい、先ほども言ったように心が疲れてしまう人が増えてしまいます。逆に結果だけではなくプロセスもしっかり見てくれる上司がいたら、人はもっと生き生きと働ける。そのためには普段からコミュニケーションを取ることが必要ですし、本当はもっと職場の人とかかわりたい、雑談がしたいと思っている人は案外多いと思います。
――相手との相互理解を深める第一歩として、隅谷さんは何が必要だと思われますか?
隅谷:まずは「相手に興味を持つ」ということです。先ほど「どんな表現でも人によって捉え方が違う」と言いましたが、相手のことを理解しようとすれば、何を伝えるにしても、自然と傷つかない表現を選ぶことができるようになると思います。よく企業で研修していると、効率的に物事を考える人から「こういう場合、どういう表現をすれば効果的なのか」という質問を受けるんですが、それは相手によって異なるとしか言いようがありません。アサーションは「これをやったら全部うまくいく」みたいな万能感があるものではなくて、一つの考え方の指標を提示してくれるものであり、それに基づいてコミュニケーションを取りながら「この人とはこんな表現をしていけばうまくいくな」というように少しずつ学んでいくことが大事なんです。それにはまず、相手に興味を持つことが必要ですよね。
――相手に興味関心を持つというのも簡単なようで難しいことのような気がしますが、何かきっかけになるようなものはありますか?
隅谷:母校で行なっているプログラムの中に「インタビューをする」というワークがあります。そのインタビュー内容も「どこに住んでいますか」「何の部活に入っていますか」というようなものではなく、もちろんそれも一つの情報としては大事なんですが、もっと相手の人となりが分かるような質問をぶつけてもらっています。例えば、「あなたの宝物はなんですか」「それを大切にしている理由は?」「嫌いなことは?」「なぜそれが嫌いなんですか」といった価値観を問う質問ができるとより相手への理解が深まりますよね。
――確かにその人の核となる部分って普通に日常生活を送っているだけでは触れられない部分ですよね。
隅谷:でも案外、仲の良い友達など、親密な関係性のある人とはやってるものなんですよ。例えば、「こないだこんな嫌なことがあってさあ」「そうなんだ。何で嫌だったの?」というようなやりとりって自然と日常生活の中でしていますよね。そういうやりとりが、どんな人ともできるといいですし、それに対して「自分はそうは思わないな」と感じることがあってもいいんです。人間関係を良好に保つために相手と一緒の色になる必要はなく、自分のカラーを大事にしながら、相手のカラーを少しずつ取り入れて、玉虫色になるイメージでコミュニケーションが取れたらいいなと私は思います。