多くの人が新生活を迎える4月。今年は新型コロナ感染症対策としてのさまざまな制限が緩和され、実に4年ぶりとなる本格的な歓送迎会シーズンが到来した。試しにTwitterで「歓送迎会」と検索してみると、その復活を喜ぶ声が挙がる一方で、「コロナのお陰で消滅したはずの歓送迎会が復活してしまった……」「久しぶりの歓送迎会めんどくさい」と嘆く声も。
どうやら、この3年間で人々のコミュニケーション欲求は上がったかと思いきや、逆に下がった。もしくは以前まで必要に迫られてコミュニケーションを取っていたが、その必要がなくなり、すっかりやる気を失ってしまったという人も多いのでは――
コロナ禍を乗り越え、Face to Faceのコミュニケーションが再び求められ始めている今、改めてその意義や他者と良好な人間関係を構築するためのコツを、「下戸だけど、飲みの席には這ってでも行く」という明治大学の教授で、長年の研究活動から得た知見を活かし、コミュニケーションに関する著書も多数出版されている堀田秀吾さんに伺った。
プロフィール:堀田秀吾(ほった しゅうご)
明治大学法学部教授。言語学博士。シカゴ大学博士課程修了。ヨーク大学修士課程修了・博士課程単位取得退学。専門は心理言語学、法言語学、コミュニケーション論。研究においては、特に法というコンテキストにおけるコミュニケーションに関して、言語学、心理学、法学、脳科学など様々な学術分野の知見を融合したアプローチで分析を展開している。執筆活動においては、専門書に加えて、研究活動において得られた知見を活かして、一般書・ビジネス書・語学書を多数刊行している。『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』 (サンクチュアリ出版)、『飲みの席には這ってでも行け』(青春出版)など著書多数。
法の現場におけるコミュニケーションの研究からスタート
――堀田さんは法学部で教鞭をとられていますが、ご自身の著書では法学のみならず、言語学や心理学、社会学といった実にさまざまな学問からコミュニケーションの方法を論じられていますよね。
堀田秀吾さん(以下、堀田):元々、裁判や警察の捜査で使われる言葉に関する証拠を分析する法言語学が私の専門なんです。それで平成21年に裁判員制度が導入されるにあたって、法の専門家である裁判官、検察官、弁護人と、法の素人である裁判員との間で円滑にやりとりを進められるか否かが問われていた頃、日本弁護士連合会の裁判員制度実施本部で私ともう一人、心理学の専門家が外部学識委員を務めることになったんですね。そこから長年2人で法と言語と心理の三つ巴の研究を行ってきたという経緯があります。つまり、法の現場に限定されたコミュニケーションの研究からスタートしたわけです。
――そこから一般的なコミュニケーションにも目を向けられた理由は?
堀田:実際、法の現場でのコミュニケーションとはいえ、普通のコミュニケーションとそんなに大差がないわけですよ。だから、必然的に後者の方にも関心がいったんです。そんな時にたまたま一般書を出版する機会をいただき、当時はまだジャンルとしてメジャーではなかったコミュニケーションに関する内容はどうかと。
そして、これまた偶然に裁判員制度実施本部で一緒に研究していた方の同級生に、心理学的観点から男女間のコミュニケーションなどについて著書で書かれていた作家の五百田達成さんがいて。面白そうだから一緒に何か書こうよって、共著で2012年に出したのが『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』(クロスメディア・パブリッシング)だったんです。それが累計16万部のベストセラーになったり、そこに信条として書いた「飲み会に這ってでも行け!」という言葉が私の言葉として流布したのもあって、以降5年はコミュニケーションに関する本を書いていました。
――堀田さんたちが同書を出版する以前はコミュニケーションに関する本が世にあまり出回っていなかったとのことですが、注目され始めた理由は何だったのでしょうか。
堀田:ちょうど私たちが本を出した頃に、『できる大人のモノの言い方大全』(青春出版社)という、ちょっとした会話で使える言い回しやフレーズをまとめた本がこれもベストセラーになって、その後、雑談ブームがアメリカに遅れて日本で巻き起こったんです。それとデジタル化が進み、どんどんコミュニケーションが希薄になってきた時期と重なったのもあるんじゃないですかね。
2000年代以降、「コミュニケーションは WEB上で事足りる」という流れが続いていて、みんなその便利さに浮かれていたんだけど、ふと立ち返ってみたらリアルの友達が一人もいないことに気づいた。それで慌てて面と向かったコミュニケーションを取ったはいいものの、上手くいかない。あれ、やばいぞ?ということで、多くの人がコミュニケーションの方法を学び始めたんだと思います。
情報化社会では人付き合いを避けがち
――それこそ、子供の頃はコミュニケーションの仕方をあまり意識しませんが、大人になると急に難しさを感じて、「あれ、どうやればいいんだっけ」と思うことが増えますよね。
堀田:大人になるとコミュニケーションを取るのが難しくなる理由の一つは、価値観の多様化と言われています。子供の頃は自分の価値観が定まっていないから、人とぶつかることも少ない。だけど、成長する過程で色んな経験を重ね、その中で自分の価値観というものが生まれてくるじゃないですか。すると必然的に合う人、合わない人が出てくる。あとは人との関わりの中で失敗したり、嫌な思いをしたりした経験がトラウマになって、つい臆病になってしまうケースも当然ありますよね。
――そうすると、どうしても最初から自分と合う人を選んでしまいがちです。
堀田:やっぱり同質な人と一緒にいるのは楽なんですよ。逆に異質な人といるのは面倒だから、そこから何かを学ぼうという意識がなければ、無理に関わろうとしない人がほとんどですよね。この情報過多時代では特にそう。ただでさえ、いろんな情報が入ってくるのに、新しい友達を作ったらさらに情報を増やすことになるでしょ。膨大な情報を精査した上で、その中から自分に必要なものを選ぶには労力がかかりますからね。
すると、人間はエネルギーを使えば使うほど死に近づくわけで、それを避ける動物の本能として、最大限楽をするようにできているので、「もう情報源を増やすのやめよう」って諦めちゃうんです。昔ほど友達を増やさなきゃいけない、飲み会に行かなきゃいけないみたいな社会的要請もないので、もっとやらなくなってきますよね。
――情報があまりに多すぎると、脳が混乱して精査できないですもんね。
堀田:そうそう。「人間は情報が多くなればなるほど、判断を誤る」ということがオランダのラドバウド大学の研究でも明らかになっているんですね。その研究は、「与えられた情報を元に中古車4台のうち、1台だけあるお買い得車を選べるか」というものなんですが、4の情報を与えられた際には、「(1)じっくり考える時間を与えられたチーム」と「(2)パズルなどを解かされ、考える時間を奪われたチーム」のどちらも同じくらいの確率でお買い得車を選べる。ところが、12の情報を与えられた際には、(1)のチームがお買い得車を選んだ確率は25%。元から車は4台しかないわけだから、当てずっぽうで選ぶのと同じ確率です。一方、(2)のチームは60%の確率でお買い得車を選べた。時間がないからこそ、重要だと思われる情報に絞って判断することができたと言えます。
だから結局、情報も多く忙しい現代では効率性とか、コスパとかいう言葉が好まれますよね。我々は省エネを志す世代なんです。
――とすれば、情報を減らすために人付き合いも必要最低限にしといた方が良いのでしょうか?
堀田:ところがですね、目を逸らした、耳を塞いだノイズの中に本当に大事なものが含まれている可能性も一方であるんですよね。アイデアなんかもそう。考えても考えても出てこなかったアイデアが、気分転換で映画を観に行った時なんかにふと浮かんできたりする。複雑系科学の研究でも、完全な秩序でも完全な混沌でもない、その間にある“カオスの縁”と呼ばれる状態の中から新しい組み合わせ、ひいては新しいものが生まれるという考えがあるんですね。
実際に、この現象は自然界や経済界などでも起きていること。人間関係も同じで、「この人とまさかこんなことになるとは思わなかった」ということって結構あるじゃないですか。私自身の経験でいえば、アメリカ行きの飛行機でたまたま隣に座った人と一生涯の友達になったこともあるし、会食で知り合った人と長年一緒に研究をすることになったり、そこからまた新たな繋がりができたりね。自分では想像もできなかった未来に連れて行ってくれることもあるから、本当に人付き合いは疎かにしてはいけないなと思います。
編集・ライティング/苫とり子