大人になってから、謝ることって難しい。
大人だからこそ表面上ではいくらでも謝れるけど、意味のある謝罪なのだろうか。そもそも、相手は謝ることを求めているのだろうか。
今回は、怒りと情動を専門に研究されている名古屋大学・川合伸幸教授に、「謝罪って本当に必要ですか?」をききました。
プロフィール:川合伸幸(かわいのぶゆき)
名古屋大学情報学研究科教授。日本学術振興会特別研究員、京都大学霊長類研究所研究員などを経て、現職へ。専攻は比較認知科学・認知科学・実験心理学。第1回文部科学大臣表彰・若手科学者賞(2005)、第6回日本学士院・学術奨励賞(2010)などを受賞。主な著書は『コワイの認知科学』(新曜社)、『怒りを鎮める うまく謝る』(講談社)など。
過去の仲違いは、案外相手はそれほど気にしていないかもしれない
ーー現在の喧嘩ではなく、大人になって過去の仲違いが気になったり、過去にしてしまったことの謝罪をしたくなったときは、改めて謝罪したほうがいいのでしょうか?
ケースバイケースではあると思いますが、時間が経てば案外相手は気にしていないことも多いです。私も学会で少し言い合いをしたこともありますが、あとで研究室に戻って調べてみると自分が間違っていた、なんてことがありました。次に会ったときに「先日はすみませんでした」と伝えると「なんだっけ?」と言われたこともあります。
ーーそもそも怒りはどれくらい持続するのでしょうか?
アンガーマネジメントは6秒などと言いますが、全然そんなことはないと思います。数十分は怒りはおさまらないでしょうし、喧嘩だったら1〜2週間ほど覚えていることはよくありますよね。
ただ、怒っている状態というのはエネルギーがいるので、一旦は忘れて日が変わる頃にはおさまっていることが多いでしょう。しかし、思い出すと再燃することがあるのでそういった場合は続きます。内容にもよりますが、怒りが続くと恨みになるので要注意です。
今ではメールなどが発展しているので、探索的に相手の様子を聞いてみることもいいかもしれません。直接的ではなく「今日はいい天気だね」みたいに、関係のない話題で試してみる。そして反応が悪かったらまだ怒っているし、普通に帰ってきたらもう怒っていないのかもしれません。
大人だからこそ、お互い知らないふりをしてやり過ごすこともありなのかなとも思います。
ヒトは自尊心を大事にする。非を認める謝罪はどうしても苦しく感じる生き物
ーー今までお話を聞いてきて、相手の立場になって考えたコミュニケーションが重要なんだなと感じました。
怒っていることは、こちらに何か強く訴えかけている状態なんですよね。だから、それほどのことがあったと認識してこちらも何か変えなくてはいけないと思うんです。そうして自分の振る舞いを見直す。そういう考え方であれば、前編でお話した8つの必要なポイントや4つの入れてはいけないポイントがなくても悪い謝罪にはならないと思います。
ヒトは自尊心(プライド)を大事にする生き物です。自分はいい人間だと思いたい部分がある。それが、謝るということは自分に非があるということを認めること。いい人間のはずなのに、悪いことがあるというギャップを認めたくない気持ちがどうしてもあるんです。
ですから、自尊心を守ろうという気持ちを横においておくと、悪い謝罪にはならないと思います。
加齢とともにポジティブな気持ちが高まるという研究結果も
ーー川合教授は高齢者認知も研究されていますよね。高齢者になるほど怒りっぽくなるというのは本当でしょうか?
これはおっしゃるとおりですね。高齢者人口の増加具合を加味しても、65歳以上の暴行事件の割合は増えています。加齢によりさまざまな機能が低下してきますが、前頭葉という理性をつかさどる脳の機能の衰えにより、怒りっぽくなるんです。つまり、怒りを抑制しづらくなる。
高齢者は65歳以上ですが、いきなり怒りっぽくなるわけではないので、早い人では40代後半くらいから傾向があらわれはじめます。
ーー加齢とともに衰えていくのは仕方ないですが、気持ちよい人間関係を続けるコツはありますか?
そんなに年をとることをネガティブにとらえなくてもいいかもしれません。年をとると、全体的にポジティブな気持ちが高まるという研究結果もあります。例えば、30単語くらいの名詞を記憶してもらい、あとで覚えているものを教えてもらいます。すると、ポジティブな言葉は思い出しやすいんですが、病気や苦しみに関連するようなネガティブな単語はあまり思い出せないのです。
つまり、悪いことは忘れていいことだけを覚えていたり見つけられたりするようになってくるんです。
人間関係で、流行りの言葉でいうとサードプレイスを持つことは大事ですよね。家庭、職場に加えてもう1つの場所。やはり、家庭以外で人間関係を築くことはとても大切ですし、友人関係があることで夫婦関係など家庭のよさに気づくこともできます。
今からの高齢者では、インターネットの世界で新しい場所を見つけることもあるかもしれませんね。