ケンカをすると、どちらかが謝罪をする、もしくはどちらも妥協をして「仲直り」。
そう思ってはいませんか?
明治学院大学名誉教授でカウンセリングもおこなっている井上孝代教授は「対立は悪ではなく、誰にでも起こりうる」と話し、だからこそ対立をマネジメントする力が必要と説きます。
一体どういうことなのでしょうか。謝罪と仲直りについて、くわしくききました。
プロフィール:井上孝代(いのうえたかよ)
明治学院大学名誉教授。九州大学文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科心理学専攻博士課程単位満期退学。病院・教育相談所・公立機関・企業などの心理職、近畿大学(短期大学)・駒沢大学・和光大学非常勤講師、東京外国語大学留学生日本語教育センター教授、家庭裁判所の調停委員や行政の男女共同参画審議委員など各種審議委員を歴任。博士(教育心理学)、臨床心理士。公認心理師。「マクロ・カウンセリング研究会」主宰。専門は臨床心理学、カウンセリング心理学、コミュニティ心理学、多文化間心理学。国際平和学者ガルトゥング博士から認定されたトランセンド・トレーナーでもある。編著書に「あの人と和解する」(集英社新書)、「心理支援論」(風間書房)など多数。
「聴く」は相手の感情を想像しながらきくこと
ー井上先生はカウンセリングも行われています。医療機関とカウンセリングではどのような違いがありますか?
体がしんどかったら、まずは医療機関の受診です。眠れない、食事をとれない・過食してしまうなどの身体症状は内科などに行きます。そこから、心療内科や精神科を紹介されて通われることも多いです。そのほか、心がしんどくなったら気軽にカウンセリングを受けることをおすすめします。
欧米などでは、日本よりももっとカジュアルにカウンセリングを受ける文化があります。その背景には、困ったら助けを求めましょうという教育文化があると思います。知性のひとつが「ヘルプシーキング」する力。つまり、助けを探し求める力という認識があります。
体調が悪いときも、時には薬、時にはアドバイスなどで助けをもらう。自分で助けをもらいにいく力が近年問われています。
ー井上先生は、カウンセリングではどのようなことを意識しておこなわれていますか?
カウンセリングに限りませんが、人間関係の基礎は話をよく「聴く」ことだと思っています。「聴く」とは相手の感情を想像しながら話を聴くことです。単純に「聞く」だけではレポートトーク(報告)と言って、感情をきくことではありません。
画像=TERMINAL作成
「聴く」という漢字にも現れているように、耳で聴いて目で確かめて心に感情を落とす。これが聴くということです。
ですから、カウンセリングでも、眠れていますか?と尋ねて「大丈夫です」と言葉では言っているけど、体がガチガチだったり手が震えていたりなどの行動の様子もしっかりと見ています。その人の感情で何が一番困っているのか、その困っていることを見つけてアプローチしていくことが大切です。
これは心理支援力といって、自分のメンタルヘルスを保ちながら、人の困ったことに共感し、支援をする力なんです。これは本当に大事な力で、心理職だけではなく学校や職場でも基本になる力で、よい人間関係の構築につながる重要なポイントです。
「対立すること」は悪ではない。誰にでも起こり得ること
ー子どもの頃と違って、大人になると仲直りをするのが難しいと感じます。それはどうしてでしょうか。
子どもの仲違いと大人の仲違いは質が違いますよね。子どもの仲違いは表面上のことが多く、ほとんどの場合は先生や親などの仲介者がいます。
日本では、どちらかが謝らないと関係性を修復できないという、刷り込みが強いと思います。だから、仲違いしたときになかなか関係性が修復できず前に進まない。
欧米の教育現場では、対立や争いは誰にでも起こりうる、それをどう解決するかという教育を小さい頃からおこないます。
小学校などで2人の子ども同士で喧嘩が起きたら、先生は2人の子どもたちにそれぞれの友達を連れてくるように言い、4人全員でそのもめごとについて、原因と解決策について話し合ってもらいます。対立は起こり得るものだとして、その後どうしたらいいか、争いをマネジメントしていく力を育んでいるのです。
それが、日本では対立に向き合おうとせず、「ごめんなさい」「いいよ」とだけ促していることがほとんどですよね。だから、大人も対立をしたら謝らないといけないと思って、なかなか謝罪ができずに関係性が止まってしまうことが多いのだと思います。
「済みません」と謝っていないかを考える
ーそれでは、相手を怒らせてしまったとき、表面上の謝罪に意味はありますか?
ケースバイケースなことも多いのですが、ハワイの「ホー・ポノポノ」という4つの人生を幸せにする言葉を例にあげますね。この4つの言葉を大事にしていれば、幸せな生活を送れるといわれるものです。
I’m sorry(ごめんなさい)
I love you(大事だ)
Forgive me(ゆるしてください)
Thank you(いつもありがとう)
Thank youとI love you はわかりやすいですよね。I love you は直訳すると日本人は口に出しづらいので「大事に思っているよ」と言うと伝えやすいでしょう。Forgive meもキリスト教などで「神様に赦しを乞う」意味なので、ピンときづらいかもしれませんが「お天道様にお話しする」と思うといいかもしれません。
問題は、I’m sorryです。日本では謝罪の際に「ごめんなさい」の他に「すみません」と言うことがありますよね。すみませんは「済みません」、つまり問題が済んでいないという意味なんです。
謝罪の際に、済みませんの状態なのか、ごめんなさいの反省の意味なのかをよく考えることが大事だと思います。自分で言うときも「ごめんなさい」なのかを問い、相手から言われたときも「ごめんなさい」の意味なのかを考えるといいでしょう。