いい仲直りって?妥協点を超えた新しい地点を探すには/明治学院大学名誉教授・井上孝代さん(後編)

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ケンカをすると、どちらかが謝罪をする、もしくはどちらも撤退する。あるいは妥協をして「仲直り」。

そう思ってはいませんか?

明治学院大学名誉教授でカウンセリングもおこなっている井上孝代教授は「妥協を超えて、双方にとって良いと思えるポイントがある」と話します。

一体どういうことなのでしょうか。仲直りについて、くわしくききました。

プロフィール:井上孝代(いのうえたかよ)
明治学院大学名誉教授。九州大学文学部哲学科卒業。同大学院文学研究科心理学専攻博士課程単位満期退学。病院・教育相談所・公立機関・企業などの心理職、近畿大学(短期大学)・駒沢大学・和光大学非常勤講師、東京外国語大学留学生日本語教育センター教授、家庭裁判所の調停委員や行政の男女共同参画審議委員など各種審議委員を歴任。博士(教育心理学)、臨床心理士。公認心理師。「マクロ・カウンセリング研究会」主宰。専門は臨床心理学、カウンセリング心理学、コミュニティ心理学、多文化間心理学。国際平和学者ガルトゥング博士から認定されたトランセンド・トレーナーでもある。編著書に「あの人と和解する」(集英社新書)、「心理支援論」(風間書房)など多数

妥協点を超えた、新しい地点(超越点)を見つけて関係性を再出発していく

ー謝罪がなくとも、「時間が解決する」ことはありますか?

場合によってないわけではありません。日本では水に流すという言葉もありますよね。ただ、もっとよい方法は「エポケー」です。これは、議題を一旦棚にあげて考えることを中断するという意味で、一時避難として使用します。

なにか難しい問題やこんがらがってしまった議題のときに「エポケーにしましょう」と伝えると、時間をおいてクールダウンしてから話しましょうとなります。それは、決して何もしないわけではなく、あとから冷静になってもう一度話すことができるのです。

ー話し合いが大事なのだと感じました。話し合いで仲直りすることは、妥協点を見つけることなのでしょうか?場合によっては妥協してもモヤモヤが残るときがあります。

AくんとBくんの意見がまとまらなかったとしましょう。その際、C地点は撤退(話し合いをやめる)、D地点は妥協点です。多くの日本人は妥協点を探して話をまとめることが多いと思いますが、もっといい方法はDを超えたE地点を見つけることなんです。これをトランセンド地点(超越点)と言います。

画像=TERMINAL作成

AくんもBくんも求めているものが得られる、新しい地点を見つけていく。それが和解の関係性の構築です。過去や現在の地点に戻る関係性ではなく、再出発してふたりで新しい地点にいくことなんですね。

トランセンド地点を活用した例としては、南アメリカの川の氾濫で国の境界があいまいになってしまったケースがあります。川の近くにはいい資源もあります。隣国同士は話し合って、どう決着したと思いますか?川はまだ氾濫が続いているので、国土に線をひくのが難しい状態です。

このとき、国を超えて国際的にみんなが使える国立公園にしましょうということで話がまとまったんです。どちらかの国が何かを我慢する妥協案ではなく、双方ともいいと思う解決策が得られました。

必ずしもすごく近くなることだけが和解ではない

ーとても素晴らしい解決策と事例だと思うのですが、日常で実践することは難しそうです…。 

それでは、公園でのブランコの取り合いの例にしましょう。Aくんのほうが強いときは、Aくんだけがずっとブランコをしているなんてこともありますよね。妥協点は、話し合ってじゃんけんで勝ったほうが使える、交代で使う、なんてことが挙げられると思います。

この場合のE地点は、どちらかが押してどちらかが乗る、そして交代して一緒に遊ぶ、などがあるんです。話し合ってブランコを使ったゲームを一緒にするのもいいですよね。ふたりで対話をして、いい解決策を考えるんです。 

ーそれなら少しできそうな気がしてきました。これから、表面上の謝罪だけではなく、人間関係を深めるような「真の仲直り」をするにはどうすればいいですか?

画像=TERMINAL作成

対立構造で考えないことが大事です。AとBにもそれまで生きてきた過去があります。相手の価値観や感情があり、過去にも共通項があって関係性ができたわけですから、双方の歴史や価値観をよくひもといていくことがとても重要です。

心の境界線を意味するバウンダリーという言葉があります。人の心の境界に入り込むと、ハラスメントや相手を怒らせてしまうことにつながります。双方ともにバウンダリーが曖昧になると、対立が生まれます。

真の仲直りは、バウンダリーを尊重し、それぞれの生き方・価値観を大切にすることかもしれません。なにも、指を絡めてぎゅっと手を握るようにすごく近くなることだけが和解ではありません。さきほどお話ししたように、双方ともいいと思う地点を探して、共感的対話と創造性により関係性を再出発できることがいい和解だと思います。