自己分析をしたいけど、なんだかいつも腑に落ちないまま終わってしまう。
転職活動をしているときや、マッチングアプリでお相手を探しているときに、「自分はこういう人です!」と自信を持って言いたいなと思うものの、いつも歯切れが悪く終わってしまってはや10数年。
そもそも「自分って何者?」「自分を知って友達や恋人を新しく作りたい」。
そんな悩みの解決のヒントとするべく、今回は心理学の中でも、辞書の中の性格を表す用語に着目して性格研究をしている、早稲田大学文学学術院教授・小塩真司さんにお話を聞きました。
プロフィール:小塩真司(おしおあつし)
1972年愛知県生まれ。2000年名古屋大学大学院教育学研究科博士課程後期課程修了。博士(教育心理学)。中部大学人文学部講師、助教授、准教授を経て、2012年早稲田大学文学学術院准教授。2014年より同教授。日本青年心理学会、日本パーソナリティ心理学会常任理事。青年心理学研究、パーソナリティ研究編集委員長。
著書に『性格とは何か』(中央公論新社,2020年)、『性格がいい人、悪い人の科学』(日本経済新聞出版社,2018年)など。
性格を分析するために、人間特有の「言語」に着目。辞書の中の言葉を調べる
ー小塩教授は性格をテーマに研究されていますが、そのテーマで研究をしようと思ったのはなぜでしょうか?
学生時代に研究テーマを考えた際に、演習や実習をしていく中で性格研究に興味がわきました。また、所属していた大学院が性格についての研究が多かったこともひとつの理由としてあると思います。
ー性格研究の中でも、語彙に着目する「心理辞書的研究」を扱われていますよね。これはどのような研究なのでしょうか?
パーソナリティの研究では、人間の性格の要素を考えますが、人間の中にいくつの要素があるかわからない。それを検討する際に、言語に着目をした研究手法です。人間の特徴を表現するのは言語なので、言語を調べればいい。そして言語は辞書にまとまっているので、辞書の中の言葉を集めていけばいいのではないか、という考え方の研究ですね。
ーそれは性格研究の中でも最近の研究なのでしょうか?
いえいえ、もう100年以上前から始まっている研究です。
ー100年も!それだけたくさんの言葉を研究されてきたのですね。「心理辞書的研究」からどのようなことが得られたのでしょうか?
ひとつの成果としてビッグ・ファイブ・パーソナリティ(Big Five Personality)という5つの性格特性で人間の全体的な性格を把握するという枠組みが得られました。
辞書を調べていく中で、人間を形容する言葉がだいたい1万8000単語、そのうち性格を表す言葉が4500単語ほどということがわかりました。そして、それを整理していくつのまとまりに分類できるか、ということを数十年かけて研究した結果、5つの枠組みにまとまるという結果が得られたんです。
画像:TERMINAL作成
この枠組みは、5つの特性のうち個人がどれにあてはまるのか、ではなく、個人が5つのそれぞれにどの程度当てはまるかを得点化し、数値として見ていきます。
分類を始めた当時はコンピューターがないので、手作業で整理をして手作業で計算をしていたんです。
マーケティングやマッチングアプリにも活用されている
ー「ビッグ・ファイブ・パーソナリティ」はどのように活用できるのでしょうか?
心理学の研究ではもちろん、心理検査や企業ではマーケティング、今ではマッチングアプリなどにも使われています。
心理学の研究ではそれまで個々に研究をしていてバラバラだったものが、ビッグファイブの枠組みがあることで研究が整理されやすくなりました。共通する言語が与えられたようなイメージです。
マーケティングですと、例えばアメリカだとビッグファイブのひとつの特性は政治志向性と結びついていたりするんです。共和党支持か民主党支持か、というような。すると、その志向性を利用してFacebook上でターゲット広告を出すというようなこともありました。
ビッグファイブを利用してさまざまな志向性や選択を調べることによって、どんな購買行動があるか、消費傾向があるのかということに結びつければ、個人個人に合わせた広告戦略をたてやすくなります。企業によって利用方法はさまざまです。
マッチングアプリでは、パーソナリティのみならず、価値観や嗜好性などさまざまな点での合致や近接性などにビッグファイブが活用されてマッチングが行われていると思います。社内情報なので開示はされていませんが、少なくとも海外のマッチングアプリでは事例が確認できています。
ー100年以上も辞書から研究をしていて、時代による変化はあるのでしょうか?
使う言葉はもちろん時代によって変化があります。ビッグファイブの枠組みでは1つの特性の中に数百個の言葉が分類されているので、時代によって多少入れ替わっても5つの枠組みに変化はありません。
新しい単語ができたとしても、5つの枠組みから外れることもほとんどないでしょう。
ーそう考えると、どの時代の人間にも共通する普遍的なものなのでしょうか?
そもそも人間以外の動物の研究にも使われています。この5つの特性は人間以外の動物にもあるんですよ。犬も猫も豚も牛も馬もイルカもあてはまるものがあります。
ただ、5つの特性のうちすべてが現れるかは動物によって異なります。5つのうち、3つしかでない動物もいます。
ネットの心理検査よりも、単語を並べて自分を表す文章を考えたほうが自己理解につながる
ー個人がビッグファイブを利用して自分自身の性格を知ることは人生にいい影響を与えますか?
それはあると思います。例えば、ネットで無料の心理検査をおこなったとしてもあまり役立たないと思います。そもそも心理検査を作るためにはコストがかかるのに、それが無料で検査できるということは、儲けようとしているとか、個人情報をとりたいとか、サービスの目的があるはずですから。
そして心理検査の結果、ある得点やあるタイプが出たとしてもその結果が正しいという保証はないですし、その得点やタイプを見て自分自身を理解できるかといったらそうとも限らないと思うんです。
もちろん信用できるものもあるとは思いますが、そうするよりかは、単語をたくさん並べた状態でどの単語で自分を表現できるのかと文章でも作ってみるのがいいと思います。それが一番の自己理解です。
得点が必要なときは、入社などなにかの選抜や病気などを判定する際ですよね。自己理解のためには、単語自体を知り単語ひとつひとつについて自分はどう感じるのかを考えるのが一番です。
ー自身を思い返すとネットの心理検査を楽しんでいるときもありました。「〇〇タイプ」と結果が出ると、「たしかにそうかもな〜」と思って終わっていました。
タイプに分けるのは、自己理解が目的だとしたらよくないと思います。診断結果を見て終わってしまってあまり自分について考えない。ネットで調べればビッグファイブにどんな単語があるかはわかりますし論文もあります。その単語を見て、自分を表すのはどの単語なのかを考えていけば自己理解の役にたつと思います。
ー心理検査や結果を元に考えるのではなく、逆のアプローチで単語から考えるということでしょうか。
結局、単語をもとに考えるのは一緒なんですけどね。心理検査でも例えば「周囲から明るいと言われますか」に対して「とてもそう思う」「そう思う」などを考えて答えていきますよね。であれば、「明るい」という単語を見て、どれくらい自分に当てはまるかを考えたほうが有意義でしょう。
ー初対面の人に対しての自己紹介にも使えそうですよね。
自己理解することが自己紹介にもつながると思います。
性格の変化は体重のようなもの。変化はあるが、大きな枠組みの中ではほとんど変わらない
ーそう考えていくと、自分の性格を自己認識していることは、人間関係を築くにあたってどう役立てることができそうでしょうか?
同じことをおこなうにしても、自分の特徴にあった方法があると思います。真面目にコツコツできる人はコツコツ取り組めばいいし、飽きっぽい人は自分に合うそれなりの計画を立てたりご褒美をつくるなど、取り組み方は人それぞれありますよね。
でもやらねばならないことは同じ。それをどういう方法でこなしていくかというのは、自己理解する上で考えていくのが一番いいですね。「自分はこういう性格だから、こういう方法で取り組む」と自分でどう理屈をたてられるかと思うんです。
それは自分のことをどう言葉で表現できるかということがやはりポイントになってきます。
ーとても参考になります。自分を表現するというのは、学生時代や20代30代など自身のタイミングで変わるので都度自己分析するのが大事なのでしょうか?
ビッグファイブのような大きなレベルで考えたら、自分の性格は体重みたいなものでコロコロ変わることはありません。毎日上下はあるけど、大枠60キロあたりにいます、というようなものです。
もちろん、場面によって変化するし生活によっても変化はあります。でも、体重がいきなり10キロ20キロ変わらないのと同じ考え方です。
ーたしかに、自分では変わったつもりでも10年ぶりに会った友達には「変わらないね」と言われました。
本当に体重みたいなもので、思い切り環境が変わると性格が大きく変化する人ももちろんいます。ビッグファイブは全言語で人間を形容する言葉を分析していますから、それほど人間の特性を大きく捉えているものだとも考えられます。
ー人間関係を築くにあたってビッグファイブも相性をみることに役立てることはできるのでしょうか?
そもそも、相性が何なのか、ということもありますが、カップルのビッグファイブを調べて離婚率や夫婦関係の満足度を調べている研究もあります。結果は研究によって異なるのですが、基本的に価値観やパーソナリティ特性は相互に異なるよりも類似するほうが、平均的に良好な関係となりやすい傾向があります。また、上司と部下のふたつの立場の人間関係の研究もあります。
ー30-40代で友達が少ないなどのお悩みの読者がいます。大人になってから新たに人間関係を築く上でうまくいくコツはありますか?
共通点があるのが一番なので、どこかのコミュニティにはいっちゃうのが一番いいですね。そこでやっぱり自己紹介や自己理解が大切になってくるのだと思います。あとは、無理に人間関係を気づかなければいけないと思いすぎないことも大切なのではないでしょうか。