SNSや現実の人間関係の希薄化を防ぐには、カルチャーショックを受けること /福島大学名誉教授・五十嵐敦さん(後編)

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スキマ時間があれば、用もないのについついスマホでTwitterやInstagramを開いてしまう。

そんな私はSNSとともに学生時代と20代を過ごしてきた、30代。SNSには同級生や仕事仲間たちの輝かしい仕事や日常生活がまぶしく写り、DMによって反応を送りあって今でもつながりを持っています。

SNSは便利なツールである一方、最近は「このままずっとSNSに時間をとられて過ごしてしまうのではないだろうか」と不安になってきました。

気づいた頃にはSNSが身近にあった世代として大人になった今、これからの人生をSNSとSNSでつながっている友達とどう付き合っていけばよいのだろうか。

SNSが大人にとっても当たり前の存在になった今だからこそ、SNS上の人間関係を築きながら日常生活を快適に送るコツについて、論文「大学生のSNS利用傾向と承認欲求および情緒的依存との関連について」にて、SNSとキャリア形成の研究をおこなった福島大学名誉教授・五十嵐敦教授に話を伺いました。

前編では、大学生のSNS利用の調査結果から4つのタイプに分類。承認欲求と情緒的依存の関係性について聞きました。

<前編はこちら>

プロフィール:五十嵐敦(いがらしあつし)
福島大学名誉教授、(独)労働者健康福祉機構福島産業保健総合支援センター相談員。専門領域は職業心理学、キャリア発達心理学。主な研究テーマは「過重労働とメンタルヘルス」「交代制勤務と日中の眠気」「職場の人材育成とキャリア形成」など。近著には監修・監訳『人間の仕事』(Blustein著)白桃書房(2023)、『地域企業における従業員のメンタルへルスと職場適応に関する研究~入社2年目社員の回復力とワーク・エンゲイジメントから~』福島大学地域創造(2021)。

脳はエネルギーを使いたがらないので、自分の都合のよい情報に流されてしまう

ー今回の大学生の傾向から、働く若者のメンタルヘルス及びキャリア形成に何か有意義なものは見出せましたか?

やはり、SNS以外の付き合いをあらためて認識して、人間関係を築く経験が大事なのではないかと考えました。

マナー教室ってありますよね。マナーはエチケットやルールとしてあるのではなくて、私はメンタルヘルスのために大事だと思うんです。挨拶はお互いの存在を認めあうことなので、精神的な安定につながります。

対面での人付き合いが安定していると、SNSもコントロールしながら使えるし、自分の都合のいい世界だけに閉じこもったりしないで、うまく活用できるのではないでしょうか。 

だから、現実の世界の身近な生活の中でできる工夫をしていく、普段の些細なことでも大事にするのが、これから情報化社会が進む中でも大事にしていってほしいことだと思います。

ー「自分の都合のいい世界だけにいる」とどんな影響があるのでしょうか?

まずは、フェイクニュースに代表されるように、自分の好みにあう情報・信じたい情報に流されてしまい、それ以外の情報は受け入れずに思考停止状態になってしまいます。人間の脳はあまりエネルギーを使いたがらないので、ラクなほうに流されていってしまうんです。

社会心理としても、例えば熱烈な恋人同士ほど、周りを排除したがる傾向があります。そういった閉じた世界に入ってしまうと、ドメスティックバイオレンスが起きやすくなるなどの問題が発生してしまいます。

ストレスがあるから楽しめる。苦難を乗り越えてきたことに気づくことが大切

ーよく「ネット社会はタコツボ化している」とも言われますよね。

まさにおっしゃるとおりです。タコツボ化とは、人間関係において自分の世界に閉じこもり、自分の考えや思いを先鋭化し、他者との壁を作って「分断」を進めてしまうということです。東日本大震災のときも、最初はさまざまな情報を集めようとする動きがあったのに、だんだんと自分の都合のいい情報のネットワークになっていくことなども例に挙げられます。

ー友人関係もSNSを通じてタコツボ化しているように感じます。五十嵐教授も、タコツボ化していると感じますか? 

私自身はデータをとってはいませんが、私が若い頃から同じくタコツボ化は言われていたんですよね。サークルの仲良しこよしグループで4年間を過ごしていて、社会とのつながりが希薄だと。だから、いつの時代も言われていることなのかもしれません。

ーSNSでの人間関係、現実の人間関係どちらもタコツボ化・閉じた世界のデメリットを防ぐためにはどうしたらよいでしょうか?

まずは、閉じた世界にこもらずにさまざまなネットワークを持つこと、反対意見にも耳を傾けられるということが大事だと感じます。 

職場でいうと、合理化が進む中で無駄な会議の削減など時間を短くすることがよいと言われていますが、実はきちんと議論をする、会議の前後で無駄話をする、そういった時間が大事だったのではないかと思います。 

また、若い世代・学生でいうと、社会に出たときにカルチャーショックを感じるほうがいい気づきが得られて成長するのではないでしょうか。物分かりのいい上司や先輩が若者に合わせすぎると、成長の機会を失ってしまうのかなと思います。どこかで、カルチャーショックを受ける・異質な考え方に出会う機会をどれだけ用意できるかが重要です。

 ーそうすると、若者はどこかでカルチャーショックを受けることが必要かと思うのですが、その際少なからずストレスがかかりますよね?どのようにしたらそのストレスを受け止めて乗り越えることができるのでしょうか?

ストレスはなくなりません。むしろストレスがあるから楽しめる。 

みなさんストレスのある経験をして、今まで生き延びてきていますよね?さまざまな嫌なことがあっても、気がついたら乗り越えてきたから今こうして生きている。そのことに気づけるかが重要です。今までのストレスを乗り越えるために工夫したことがきっとあるはずです。その乗り越える蓄積をしてきたのが、まさに「キャリア」なのではないでしょうか。

「自分には合わない」と思うこともひとつの発見であり、成熟のひとつ

ーでは、キャリア形成が未成熟な30〜40代の大人が成熟するために必要なことはありますか?

生涯発達ですから、死ぬまでいろんなハードルが待っています。だから、キャリアや人生は「ここで完成」「これで成熟」というゴールはありません。子どもが生まれたときから完璧な親なんていなくて、親として子どもと一緒に成長するしかないんですよね。それはまさに経験学習です。「相手と一緒に成長しましょう」というスタンスが大切です。

「うまくいかないときがチャンス」と言われます。思うように物事が運んでいるときは、工夫もせず、むしろ今までの方法で進めるだけです。ところが、うまくいかなくなったときには、何か違うことをやってみよう、誰かに教わってみようともがきますよね。そうして、気づいたら成長をしていく。だから、なぜうまくいかないんだと思うときは、気づいて考えるいいチャンスなんです。

そのためにも、まず日常生活を大切にすることです。きちんと寝て食べること、疲れ果てる前に休むことです。中には「休み方がわかりません」という人や、TVやネットの「いい休み方」の情報を真似しようと思ってもなかなかできずに悩む人もいます。

休み方は人それぞれですから、自分に合う休み方は自分で工夫して試してみることですね。TVやネットの情報だけではなく、選択肢を広げることが重要です。 

ー なかなか成長しなくてもどかしいと感じるときはどのようにしたらよいのでしょうか?

お湯を沸かすときには加熱しながら待つ時間が必要です。その「待つ」ことができるか、がポイントです。何もしないで待つわけではありません。やかんに水を入れてコンロにかけただけで「なんですぐできないんだ!」というように、「自分はなんですぐにうまくできないんだろう」と思わないこと。お湯が沸くことを待つように、成熟のためには一定時間をかけないと変化はみられません。

では、やってもやっても変化がみられないときはどうするんだ、という疑問があります。それは、そこまでチャレンジしたことによって身についたものがあるはずです。また、「自分はこれは合わない」と思うこともひとつの発見であり、成熟なんです。 

素敵なファッションのおばあちゃんを褒めると「70歳になったから、こういう服が着れるようになったわ」と言ってくれたことがありました。流行や人の意見に流されることなく、自分が選び取っていける強さがそこにはあります。そういう年の重ね方、考え方がまさに「成熟」かなと思います。

だから、40代の人は「40代で立場も変わったからこそ、よし自分も新たにトランスフォームしていこう」と思うことが人生を楽しめる工夫なのではないでしょうか。

人生は自分で脚本を作り、役者として楽しむこと

ー最後に、五十嵐教授にとってキャリア形成とは?

自分の人生は、自分で脚本をつくり、役者として楽しんでいくことです。さまざまな場面で自分が主役になって役を演じていく。最初はたどたどしい演技でも、いつのまにか場面にフィットするぐらいのつもりで工夫していく。それがまさに成熟なんだと思います。

また、私たちのようにあるとき突然ネットに触れた世代と、生まれたときからネットがある世代の人たちで、孤立や孤独の味わい方・依存の問題も心理的にも変化があらわれるのかもしれません。それは長生きしたら、変化を見てみたいテーマのひとつですね。