社会で活躍するのは、「陰キャ(陰気な人)」か「陽キャ(陽気な人)」か。そう聞かれたら、多くの人は後者と答えるのではないでしょうか。
どんな仕事に就いたとしても、コミュニケーション能力は必要不可欠。内気で人付き合いが苦手な「隠キャ」より、明るく社交的な「陽キャ」の方が社会生活を送る上では有利と思われがちです。
そんな思い込みを覆してくれるのが、内向型で売れずに悩む営業マンの育成を専門とする、サイレントセールストレーナーの渡瀬謙さん。幼い頃から極度の人見知りだった渡瀬さんは社会人になってからも苦労したそう。しかし、あるきっかけでリクルートに営業職として入社後、わずか10カ月目で営業達成率全国トップに。
そのきっかけとは何だったのか。内向型の人がビジネスの場で活躍するために必要なことを伺いました。
プロフィール:渡瀬謙(わたせけん)
サイレントセールストレーナー / 有限会社ピクトワークス 代表取締役
1962年、神奈川県生まれ。小さい頃から極度の人見知りで、小中高校生時代もクラスで一番無口な性格。明治大学卒業後、一部上場の精密機器メーカーに営業職として入社。その後、(株)リクルートに転職。社内でも異色な無口な営業スタイルで入社10カ月目で営業達成率全国トップになる。94年に有限会社ピクトワークスを設立。広告や雑誌制作などを中心にクリエイティブ全般に携わる。その後、事業を営業マン教育の分野にシフト。内向型で売れずに悩む営業マンの育成を専門に、「サイレントセールストレーナー」として、全国でセミナーや講演などを行って現在に至る。主な著書に『内向型のための営業の教科書』、『トップセールスが絶対言わない営業の言葉』、『静かな営業』など30冊以上。
一日中喋らないこともザラにあった幼少期
――渡瀬さんのご経歴を教えてください。
大学卒業後、精密機器メーカーに営業職で入社。4年半ほど勤めたのちにリクルートに転職しました。後ほど詳しくお話しますが、そこで会社に勤めるのが自分には向いていないということが分かり、一人でできるコピーライターに転身したのですが、少しずつ仕事が広がってきたのでデザイン会社を設立しました。ですが、そこでもまた限界を感じ、営業コンサルティングの仕事を始めて十数年目となります。現在は企業内での研修に呼んでいただき、講演活動を行うほか、個人研修や執筆活動にも従事しています。
――ご経歴からは想像もつきませんが、渡瀬さんは幼い頃からかなり口下手だったそうですね。
口下手というより、ほとんど喋れなかったんですよ。それくらい極端な無口だったので、学校に行ってから帰ってくるまで一言も喋らなかったこともザラにありました。母親はわりと陽気な人で、弟たちも別に無口ではなく。だから遺伝じゃなく、生まれつきのものなんでしょうね。近所の人に声をかけられてもリアクションせず逃げてしまうので、どうやら声が出せない子だと思われたらしく、母親いわく「病院に連れて行ってあげたほうがいいんじゃないか」みたいなことを言われたこともあったそうです。
――それは成長するにつれ、少しずつ改善していったのでしょうか?
成長してもあまり変わらなかったですね。会話はある程度できるようになったんですが、根っこの部分は同じで、誰かと一緒にいるよりも一人で作業している方がずっと好きでした。
――そんな渡瀬さんですが、大学卒業後には営業職に就かれています。「自分には無理かもな」という不安な気持ちはなかったですか?
それはもう、不安しかありませんでした。ただ、なんとなく商学部に入ってしまったので、いざ就活が始まった時に手元に届く求人が営業職ばかりだったんですよ。だから選ばざるを得なかったというのが一つ。あとは、人と接する営業の仕事を無理矢理でもやれば、多少なりともコミュニケーションのスキルが上がるかもしれないという期待もありました。
――実際に入社されて、その期待は現実のものとなったのでしょうか。
やっぱり駄目でしたね。お客さんのところに行って商品説明して帰ってくるんですけど、それだけだと売れるわけがなく。もう少しお客さんと雑談した方がいいんだろうなと自分でも思っていたんですが、とにかくアドリブが効かないんです。まずはそこで躓きました。一方でノルマがさほど厳しい会社ではなかったので、数字を出さなきゃというプレッシャーがなかったのはありがたくもあり、ぬるさも感じていて。このままズルズルここにいて大丈夫なのか?という危機感はすごくありましたね。
――そういう思いもあって転職を決意されたんですね。次の会社にリクルートを選ばれた理由というのは何だったのでしょうか?
転職を考えていた時に、たまたまリクルートに勤めている知り合いから「うちに来れば」と誘ってもらったのがきっかけです。実のところ最初の会社で扱っていた商品は非常にクレームが多く、売れてからもお客さんとトラブルになることがしょっちゅうありました。そうすると、私としても自信を持って売れなかったんですよね。だから自分が営業に向いているか向いてないかもよく分からなくて。話を聞いたらリクルートは自信を持って勧められそうな商材を扱っていたので、そこで判断しようと思いました。
目的と手段を切り分けて、自分に合ったやり方を見つけるのが大事
――リクルートでは入社10ヶ月目で営業達成率全国トップになられたそうで。そこに至るまでにどのような変化があったんでしょうか。
ジェットコースターみたいな話なんですが、リクルートに入社して6ヶ月目くらいまでは全く売れない状態でした。なので、やっぱり営業は向いていなかったんだなと諦めかけていた頃に部署のリーダーが営業の見本を見せてくれたんです。その営業スタイルが非常に静かで大人しく、これでちゃんと結果を出せるんだということにまず衝撃を受けました。というのも、私はそれまでイケイケドンドンの営業ばかりを見せられていたので、自分も同じようにしなきゃ結果が出ないと思い込んでいたんですね。だから柄にもなく陽気に振舞ったり、会話を盛り上げたりしようとしたんですが、付け焼き刃なので当然結果は出ず。でもリーダーの静かな営業を参考に、自分の営業方法を工夫したら途端に手応えを感じて、結果的にその4ヶ月後に全国トップにまで上り詰めることができました。
――驚くべき快進撃ですね。そこには、どんな気持ちの変化があったのでしょうか。
たまたま良い条件が重なったのもありますが、一つのゴールに達するまでのルートはいくつもあるということを知ったのは大きかったと思います。どの会社、どの職種にもマニュアルというものが存在していると思いますが、大体「売るためにはこうすべき」みたいな一つのルートしか書かれていないんですよね。だから、どうしてもそれしかないと思い込みがちなんですが、実際は他にもたくさんルートが存在していて、人によってはマニュアルに書かれていないルートを通った方が簡単にゴールにたどり着ける場合もあります。人それぞれ合う/合わないがあるんだから、みんなと同じじゃなくてもいい。それに気づくことが大事だったんだなと思います。
――「一つのゴールに達するまでのルートはいくつもある」ということが分かる具体例はありますか?
まず営業は大きく、アイスブレイク、ヒアリング、商品説明、クロージングの4つに分けられます。それぞれに目的があって、アイスブレイクなら相手の警戒心を解くこと。この目的を達成するために、自分が行きやすいルートを探す必要があります。例えば、喋りが上手な人であれば、自ら雑談で場を盛り上げることによって相手のガードを下げるんですが、私にはそれができない。じゃあどうするかといった時に私が考えたのが、相手に喋らせることだったんです。それまでは自分が必死で盛り上げようとしてきたけど、ふと根本的なところに立ち返ってみると、あくまでも目的は相手の警戒心を解くことであって、別に盛り上げること自体が目的ではないことに気づいて。だったら無理に自分が喋らなくても、聞き上手になって相手にたくさん喋ってもらえれば自ずとガードも下がるじゃないですか。結果は同じ。でも方法は全然違う。そういう風に目的と手段を切り分けて、一つひとつ自分に合うやり方を見つけて行ったら結果が出るようになったんですよね。
内向型の“万が一思考”はビジネスの場に役立つ
――やはり渡瀬さんの経歴上、内向型の人から相談を受けることが多いと思いますが、一口に内向型と言っても色んな方がいらっしゃるのでしょうか。
人の目を見ると緊張して話せない人もいれば、軽い質問であってもドキドキして上手く喋れない人もいて、本当に様々です。ただ根っこの部分は繋がっていて、みんな自分をコンプレックスに感じていて変えなきゃいけないと思っているんですよね。その思い込みをなくしてあげるのが私の最初の仕事です。とはいっても、やっぱり長年思い悩んでいるケースがほとんどなので、いきなり変わる必要はないと言ってもなかなか意識は変わらない。なので、例えば人の目を見ると緊張してしまうのであれば、ずっと下を見て話せばいいとアドバイスして、実際にやらせてみるんです。そうすると意外にお客さんも理解して、しっかり話を聞いてくれることが多くて。そうやって、少しずつ今のままの自分でいいと思えるような経験を積み上げていけば自然と自信が持てるようになります。
――お話を聞いて、きっと思い込んでいることがたくさんあるんだろうなと思いました。ビジネスの場において、内向型の人が有利になる場面もあるのではないでしょうか。
内向型の人はミスを極端に恐れる傾向があり、端的に言えば怒られたくない。でもそれは悪いことじゃなくて、怒られたくないからミスをしないように慎重に行動できるとも言えます。私はよく“万が一思考”と言いますが、内向的な人ほど万が一のことを考えて行動するので、実際に万が一のことが起こった時でも対処できるんですよね。逆にアドリブに強くて自分ならなんとかなると思っている人に限って、万が一のことが起こった時にパニックになってしまいがち。でもどちらかといえばネガティブに考えがちな内向型の人にとっては、ある程度のトラブルは想定済みなので慌てずに済みます。これってビジネスの場ではとても大事なことですよね。
――あらゆるトラブルを最初に想定しておけば、あらかじめ対処法も考えられますもんね。
例えば会議なんかでも、みんなが新しいアイディアを出して盛り上がっている中で、内向型の人は冷静に「そんなに上手くいかないよな」「こういうトラブルがあった時にどうするんだろう」みたいなことをずっと考えているわけです。そういう存在も組織の中には絶対必要で、特にトップの人間がイケイケドンドンなタイプの場合は、後ろから手綱を引く参謀的な存在が重要になってきます。先頭立って旗を振っていくタイプではないんですよね。でも斜め後ろから冷静に見ていて、ちょっと危ないなと思ったら少し歯止めをかけてあげるとかね。そういうポジションが向いているし、組織的にもありがたい存在になるのではないでしょうか。