大人になってから、謝ることって難しい。
大人だからこそ表面上ではいくらでも謝れるけど、意味のある謝罪なのだろうか。そもそも、相手は謝ることを求めているのだろうか。
今回は、怒りと情動を専門に研究されている名古屋大学・川合伸幸教授に、「謝罪って本当に必要ですか?」をききました。
プロフィール:川合伸幸(かわいのぶゆき)
名古屋大学情報学研究科教授。日本学術振興会特別研究員、京都大学霊長類研究所研究員などを経て、現職へ。専攻は比較認知科学・認知科学・実験心理学。第1回文部科学大臣表彰・若手科学者賞(2005)、第6回日本学士院・学術奨励賞(2010)などを受賞。主な著書は『コワイの認知科学』(新曜社)、『怒りを鎮める うまく謝る』(講談社)など。
人間の心理を知るために、霊長類を対象に研究してきた
ーー川合教授は霊長類の認知や人間の感情を研究されています。どのようなきっかけで興味をもたれたのでしょうか?
元々、「嫌な気持ち」「怖い」「腹がたつ」などのネガティブな気持ちをなんとかしたいと思って研究を始めました。自分が勉強している心理学は、うつ病になる人、不安になるような人の役に立つのではないかと思ったんです。
手法としては、学部生の卒業論文の頃からネズミや金魚、馬などの動物を使った研究を行っていました。人間の心理を観察するために、人間だけを見ていてはよくわからないので、近しい動物を対象にすることで、人間の心理に近づけると考えています。
大学院を出たあとには、京都大学霊長類研究所でチンパンジーの研究を行いました。その後ご縁があって、情動に関する研究に参加させていただき、そこから人間の表情の認知や、怒りについての研究を深めていきました。
*霊長類:哺乳類の一種・サル類のこと。チンパンジーやサル、ヒトなどが含まれる。
ーーその2つのテーマは関連することはあるのでしょうか?
深い関連性はあまり感じませんが、情動の部分では関連性があるかもしれません。我々人間はヘビを怖がります。ヘビが出現したずっと後の今から6500万年くらい前に霊長類が出現しました。霊長類はずっと木の上で生まれ育っていて、木の下に降りずとも子育てもできるんです。
すると、霊長類を捕食できる動物はほとんどいないんですよね。ヒョウはあまり高い木の上まであがってこれない。猛禽類は翼が大きくて、細かい木の枝の中の巣を襲えない。その中で霊長類の唯一の捕食者がヘビなんです。
だから、我々の祖先が殺されたのはほとんどヘビだったので、今でもヒトがヘビを見つけるための視覚システムを発達させるために脳が大きくなったという説があり、実際にヘビを見たことのないサルでも素早くヘビを見つけることを私たちは証明しました。
なわばりが侵害されると防御しようとする。それが「怒り」
ーー「怒り」や「怖さ」について研究されています。そもそも「怒り」とは、なんなのでしょう。
基本的には、怒りは「なわばり」を守るためのものです。なわばりと言っても我々ヒトは、他の動物のようにテリトリーは明確に決まっていませんが、「自分がかかわっているもの=自分のもの」という価値観があります。
例えば保育園に通っているこどもが、おもちゃは保育園のものだけれど、自分が遊んでいるおもちゃを勝手にとられると怒りますよね。自分が使っているときは「自分のもの」なのです。大人になってからの、友人関係や恋愛関係でも同じことが言えます。「なわばり」は空間だけではなく、心理的に自分に属するもののこと。出身地やスポーツチーム、会社、家族などを含めて「なわばり」です。その「なわばり」が侵害される状態になると防御しようとする。その働きが、怒りです。
ーー怒っている相手に、態度を柔らかくしてほしいと思うのですが、どうしたらいいでしょうか?
いろんな方法があると思うのですが、自分の認知を変える方法を紹介します。今自分に向けて怒っているけれども「たぶん他のことでイライラしてるから怒ってるんだろう」などと思うと、ストレスが少し緩和されます。
そこで「そんなに怒らないでよ!」というと、たちまち喧嘩に発展してしまいます。また、お腹が空いている場合は実際に怒りやすくなります。血糖値が低いとイライラしやすいので、砂糖などが入った飲み物を飲むと怒りにくくなるという実験もあります。
相手が感情をぶつけてくることを攻撃だと思わないことも大事です。
ーーどういうことでしょうか?
怒っている人は、攻撃、つまり「相手に接近しよう」という気持ちと「不快」という気持ちの2つがあるんです。2つを合体させてこちらに向いているベクトルが怒りなんですが、結局こちらに何かしてほしいことがあるということの表現なんです。
そもそも怒りはおもしろいことに、基本的に人間か法人格のあるものにしか向かないんです。だから、相手は何かを訴えているんです。ということは、相手が何を訴えているのかをよく聞けばいいのです。
そんなに強く訴えかけることはなんだろうか。そう、冷静に分析する。そして自分に変えられることがあるならば、変えていく。そうすることで、関係性が改善していくのだと思います。
表面上の謝罪ではない、「真の仲直り」とは
ーー表面上の謝罪だけではなく人間関係を深めるような「真の仲直り」をするにはどうすればいいですか?
まず、口だけの「すみません」という謝罪はあまり効果がないと、実験でも結果がでています。ある実験で、謝罪の効果を測る研究がありました。参加者は1000円が与えられ、そのまま持ち帰ってもいいしペアを組んだパートナーに「投資」もできます。「投資」された側は自動的に3倍の3000円を手に入れられ、相手にどう配分するかは任されているという条件です。
1000円を預けた参加者は、分配されることを期待しますが、パートナーは分配せずに参加者は怒ります。その際に、実際にパートナーから謝罪を受けた場合「謝罪はいらない」と怒ったままであり、第3者から「パートナーに謝られたらどう思う?」と尋ねた場合のほうは「許してもいい」という回答が多い結果になりました。実際の謝罪ではなく、想像した謝罪のほうが、参加者は求めていたのです。
また、私たちの実験で、怒りと謝罪について脳波や心拍などを身体的に測ってみました。その結果では「すみません」と言われたら、攻撃しようとする気持ちはなくなりますが、不快な気持ちは残ったままでした。
だから、「すみません」と謝罪されたら、相手を攻撃しなくなるけど「なんかむかつくな」という気持ちは残るんです。つまり、謝罪はそれを言う人が攻撃されないためのものだったんです。
ーーそれでは、謝罪には意味がないのでしょうか?
そういうわけでもなく、意をつくした謝罪をすると許してもらえるし、場合によっては今以上にいい関係性を作ることも可能です。
ーー「意を尽くした謝罪」とはどういうものでしょうか?
ポイントは8つあります。
1.責任を自覚する(自分のせいである)
2.悔恨(自分が相手を不快にしてしまったことを悔いている)
3.補償(お金や時間などでリカバーする)
4.説明(なぜそのようになったのか理由の説明)
5.改善(二度とやらない、次はこの手段をとります)
6.労わる(不快にさせてしまったことをお詫びする)
7.不適切なことを認識する(あってはならないことと思う)
8.許しを乞う(許していただきたい)
3の補償は、お金だけではなく、時間や代替品などでリカバーすることです。例えば、会議に遅れたことを謝罪するケースでは、「効率よく行うので時間内に終わるようにします」など、相手のなわばり(時間)を侵害しないことなども補償です。
8つを全て取り入れるのは難しいと思うので、1〜3の3つだけでも十分相手は受け入れてくれます。
やってはいけない謝罪の4つのポイント
ーービジネスでは取り入れやすそうですが、友人や家族相手だととても実践するのは難しそうです…。
この8つはどちらかというと、ビジネスや法人の謝罪などオフィシャルな関係の場合ですね。親しい関係性では別の研究がなされていて、3500人ほどのカップルの喧嘩を調査した事例もあります。その際、怒っている相手にどうしてほしいかを聞いた回答では「謝ってほしい」は第6位で、ほとんどの人は謝罪を求めていませんでした。
それよりも多かったのが「強くあたらないでほしい」が1位、「自分のために時間を投資してほしい(一緒にごはんにいく、家事をする等)」が2位で回答のほとんどを占めていました。
つまり、自分のことを丁寧に扱ってほしいという気持ちの表れでもあるんです。
ーー逆に、やってはいけない謝罪はありますか?
これは、ポイントが4つあります。
1.正当化(仕方なかった)
2.逆ギレ(相手も悪いのではないか)
3.弁解(言い訳)
4.矮小化(そんなに大したことではない)
3の弁解は、いい謝罪の「説明」ととてもよく似ているのですが、自分の立場から考えて自分が悪くないことを説明すると弁解になってしまいます。例えば、遅刻したときに「電車が遅れました、申し訳ありません」は弁解ですが、「申し訳ありません。電車が遅れました」は説明になります。文章にすると同じですが、相手の立場になって考えると受け取り方が異なってきます。
その場を収めただけでは不快感が残り、中長期的にいい関係性が築けない
ーーやはり、相手の立場にたって考えることが大事だと感じました。
喧嘩しているカップルの研究で言われているのが、とにかく安易な謝罪はだめだということなんです。この場を収めようとするのではなく、親しい関係性ではとくに中長期的に関係性を変えてほしいという気持ちが背景にあります。
だから、「わかったわかった、今度からやるから」と安易なコミュニケーションにしてしまうと、わだかまり、つまり不快感が残ったままになるんです。長い意味での仲直りにはならない。その場が収まるのと、関係を改善することは違うことだと思うんです。
友人関係でも、その場を収めようとしているだけの人間関係は長続きはしないですよね。逆に、簡単に謝らないことが大事なのは、お互い何を考えているのかをよく知ることです。
ただ、意地になって話を聞かないというのではなく、相手が本当に求めているのはなにか、根気強く聞くことが必要です。怒っている本人も、実はどのあたりに怒っているのかわからないことも少なくありません。少し時間をおいて、何を怒っていたのか、しっかり聞くことです。
そのために、時間なのかお金なのかはケースによりますが、とにかく「あなたが腹を立てていることを気にかけていますよ」という態度を見せること。これがお互いの信頼関係が長く続くように回復する一歩です。そうすることで、本当の仲直りになっていくと思います。
ーーうまく仲直りできれば、関係性はよりよくなりますか?
それは大いにあると思います。私は、友人が怒ったときは「チャンス」と思っています。私の場合は謝罪をうまく受け入れてもらえる自信もありますし、相手が怒っているときの背景もわかることが多いので、中長期的に見るといい関係性になっていることが多いです。
自分も態度を改めますし、それまで表面的に付き合っていたことよりも付き合いやすくなるんですよね。